人類とイノベーション:世界は「自由」と「失敗」で進化する (NewsPicksパブリッシング)
マット・リドレー (著), 大田直子 (翻訳)
停滞する経済状況のなかで、まるで救世主かのように渇望されている“イノベーション”。自分の中であいまいだったイノベーションの定義を、固めてくれる役割が本書にはまずあった。「はじめに」で取り上げられている、主観によらないシンプルな定義が私は気に入った。
ノーベル賞経済学者のエドマンド・フェルプスは、イノベーションを「世界のどこかで新たな慣行になる新しい手法や新しい製品」と定義している。
前半の章では、人類史でのこれまでのイノベーションを様々に取り上げていて、たとえば「第4章 食料のイノベーション」の窒素固定に関する逸話は読み応えがあった。肥料を撒く以外の新しい手法が近年生み出されているそうだ。
なお、本書の真髄は後半からだと思う。「第8章 イノベーションの本質」では、イノベーションはアイデアの生殖であるとずばり考察。これはたしかに、紹介されている多数の事例から納得させられる他ない。「第9章 イノベーションの経済学」や「第11章 イノベーションへの抵抗」では、イノベーションに直面した人々が繰り返す阻止行動について論じられていて、ここはいわゆる逆風の事例研究に値する部分だ。
人類がこれまで生活を変えてきた歴史を踏まえ、その普遍的な特性を見出したうえでの本書の結論は、イノベーションは、人々に思考や実験や交流の「自由」がありそこに「失敗」が積み重ねられる環境で生まれていた、というもの。事後認識としてこれは至極真っ当であるけれども、時折は本書のような歴史の鳥瞰図を開き、この認識に立ち戻る意味はあると考える。なぜなら、イノベーションを渇望するが故に物事を単純化して短絡的な答えを求めがちな傾向を、自制するためだ。