クリーンミート 培養肉が世界を変える
ポール・シャピロ (著), ユヴァル・ノア・ハラリ(序文) (その他), 鈴木 素子 (翻訳)
タイトルにある培養肉から始まり、培養レザー (革)、細胞農業、酵母を用いて作る牛乳や卵白、培養畜産物など、これまで私が聞いたことのなかった言葉が登場する。本書は、地球規模の問題を解決する可能性がこれらの技術にあると見抜いたスタートアップ企業の、立ち上がりや将来計画を取材。最後に人類の食の観点から、地球の未来がどうなっていくかを展望している。
歴史のはじまりから人類の大多数は、食したい成分や欲しい材料を、家畜なら大きく育てて必要なら殺生し、動物の体から切り離して取得してきた。そしてこのままだと未来も、何十億人の毎日の胃袋と生活を支える、実際はその何倍必要なのか見当がつかない数の動物を引き続き、人類は維持していかなければならない。それには膨大な飼料や水やエネルギーを要することが明らかなのだが、地球にとって過負荷では? はたして持続可能なのか?
人類が利用している動物の規模感と地球環境の限界を、上記のように意識せざるを得ない数字が、序文にいきなり次のように書かれており頭に飛び込んでくる。
いま、世界にはライオン4万頭と家畜化された豚10億頭、象50万頭と家畜化された牛15億頭、ペンギン5000万羽と鶏500億羽が暮らしている。2009年の個体数調査では、ヨーロッパには全種合計で16億羽の野鳥がいることが確認された。同じ年にヨーロッパの養鶏場で飼育された鶏の数は70億羽近くにのぼる。
また、私自身はあまり考えたことがなかった倫理的なこととして、仮に家畜でない動物に対してなら“動物虐待”とみなされる状態で家畜動物を扱っている実態も、根本的な改善 (軽減) が可能であればそれに越したことはない。
このような、地球環境と倫理の問題を一挙に解決する手立てとして「培養肉」があるというのだ。培養肉は、家畜の可食部の肉の細胞を一度採取しておいて装置内で培養するもの、いわば「肉のみ」を細胞分裂させて直接育てるものである。家畜動物の「体全体」を育てる必要がなくなるため、かかる資源と時間が、家畜の場合 (数年数ヶ月) とは概念的にまったく異なるものになる。「肉」に脂肪分を加えたいならば、健康重視で「植物性脂肪」を加えるアレンジも可能だ。さらに、家畜を飼い殺生する必要も基本的になくなるので、従来の倫理的な問題は消える。
本書には、「これは誰もやってない。自分が始めるしかない」という現状を認識し、自らに使命を課す、スタートアップの起業家の心境が幾度も描かれていた。近いうちに培養肉の製造コストが下がり、市場価格が既存の肉と比較検討されるレベルになった時、地球を持続可能にしたいという彼らのビジョンもあわせて、培養肉は一気に市場に出回ることになるだろう。そして食肉産業の構造は急変する予感がする。著者の洞察にあるように、安く・おいしく・便利に食べられるものなら、大多数の人は選択を迷わないから。
本書を読んで思い出したこと。子どもが興味を持つかなと考えて図書館で以前借りた次の本は、世界各地に昔からある昆虫食を紹介していて、写真も美しいしなかなかおもしろかった。
ただ思うに、地球の近未来におけるタンパク源としては、食糧不足に至った時やサブとして昆虫食はありかもしれないが、平時は供給量の面で、きっと工業的に大量生産されているであろう培養肉をメインに、ハンバーグにして食べている……。そんな食事風景を想像します。
ホントに食べる?世界をすくう虫のすべて
内山昭一 (監修)