新装版 富士山頂 (文春文庫) (文春文庫 に 1-41)
新田 次郎 (著)
久しぶりに読む新田次郎の小説。気象庁に勤めながら作家を兼業しているという主人公の設定を、ユニークだなぁと最初感じたがそれは私が知識不足なだけだった。この作品は、作者自身の経験を元にした記録文学に位置づけられるもの。
1960年代の、当時世界最大となる気象レーダーを富士山頂に設置するプロジェクトを軸にして話は進む。誰も手がけたことのないレーダー設備の設計と製造をどの業者に託すのか、何百トンという資材を雪の時期を避けて山頂にどうやって運ぶのか、そして薄い空気の中で人員を動かして気象レーダーを完成させ、さらに暴風雨をしのぎながら実運用できるのか。
こうした絶え間ない困難を、さまざまな人たちが思考して乗り越えていくさまには、感服するしかない。そこには技術的なものだけでなく、組織運営の面での工夫も描かれている。また、政治的で泥臭い攻防も、まるで暴露本かというようなレベルでどっぷり書かれており、当時の時代を感じさせるとともに痛快だ。
作者の射影である主人公は、気象レーダー設置の責任者を担いつつ、どのような想いで作家の仕事に身を入れるべきなのかを迷っていた。人間個人にあるこの葛藤が話に織り込まれているからこそ、私にとって本作は印象深い。
P.S. 今回、2021年1月に開始された神戸市電子図書館を初めて利用した。専用アプリいらずの、PCやスマホのブラウザで電子図書を読む仕組みが採用されており、時を選ばず手軽に読書ができるとわかった。