「ヘイトスピーチ」の日本語訳

昼休み時に多用するいつものカフェの、店内は満席だったが、オープンカフェの期間中で外の歩道上にも席が設けられており、こりゃ幸いじゃ〜とそこに座った。

購読しているメルマガの、【フェイクニュース徹底討論】津田大介の「メディアの現場」vol. 271を読んでいるところ。冒頭記事の、『メディア/イベントプレイバック ──フェイクニュースを暴け! 小田嶋隆×安田浩一×西岡研介×津田大介』で一つ気付かされたのは、比較的新しいカタカナ言葉である「ヘイトスピーチ」を、よくその対訳とされている「憎悪表現」として大まかに捉えている認識では、水掛け論にも繋がり、問題なんだということ。

単に辞書的な意味での「憎悪」を用いた《私はあなたが憎い》というような憎悪の表現と、本来の「ヘイトスピーチ」とは、発言者の認識にある属性や背景を区別すべきであって、本来の「ヘイトスピーチ」には、Wikipedia - ヘイトスピーチ (2017/09/26) にこう書かれているように、基づいている各種の事柄や目的が存在しているわけだ。

ヘイトスピーチ(英: hate speech、憎悪表現)とは人種、出身国、民族、宗教、性的指向、性別、障害など自分から主体的に変えることが困難な事柄に基づいて個人または集団を攻撃、脅迫、侮辱する発言や言動のことである。

となると、「ヘイトスピーチ」は、主流な「憎悪表現」と訳するよりも、たとえば、上記Wikipediaページに例示されている「差別扇動表現」と訳するほうが、ヘイトスピーチの定義を日本語として正確になぞっていて本質を捉えていそうだ。

そのうち社会全体的に、ヘイトスピーチと言論の自由の関係を、今以上に厳しく議論して考えなければならない局面が来るかもしれない。そんな時は定義の共通認識や言葉遣いも知識として大切だ、なんてことを考える。